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日曜日。 誰もいない針生の工場の中で薪ストーブに火をいれ作業を行った。 左官職人の馬場さんと家の正面につける柱をえんやえんやとストーブの周りに並べる。 ベンガラの壁材をぬりつけると水蒸気がもくもくと出始める。 何にも追われる事のない日曜日という枠と中で、左官職人である馬場さんと色がどうだとか、乾かすにはどうだととか、どんなもんだとか話しながら作業が進んでいく。 日曜日、また仕事してると思われるかもしれないけど、こんな時間は、僕にとっては休むことのできる瞬間だ。ストーブの上で餅焼いたらおいしいんだろうなと、灰色の雲が食欲をかき立てる。 夕方には真っ赤なベンガラの表面から、黒く筋の通った木目が表れてきた。 ![]()
今日は尾花沢の現場で残っている工事の立ち会いであった。
少しだけ寝て、うとうとしながら尾花沢を目指した。 少し遅れて着くと1間の箱の中に仏壇が納まっていて、 きづいた大工さんが線香をあげた。 僕もお線香をあげて、今日の作業がはじまった。 電気は入っていないけどTさんたちはもう住み始めてくれている。 工事はどうしてもたくさんあり、夜がきてしまった。 ばあちゃんは十五夜だからと言っている風景。 ![]() この住宅のマスターです。 ![]()
おばちゃんは年をとるにつれ、がははと笑い
豪傑おばちゃんになる。 現場でもかなりつよい。うーむ。 お世話になっているおばちゃん。 ![]() 今日はお祭りだったので鯛を食べました。 田口君ちの料理屋さんのお父さん。 僕は伊勢エビと鯛に未練を残し出発することとなりました。残念! この写真だけでご飯が進みますね。 ![]()
山に住んでいたみずさんは、横浜の近くの小さな浜辺のある家に住むことになった。みずさんは、いろいろとごちそうしてくれたり、お世話になった、おばあちゃんとは言えないそう、女性だと思う。
夫婦であるけれども、一人で浜辺のマンションに住むことになった。ときどき旦那さんもきたり、旦那さんの住む前の山の家(僕の家の近く)にもくる。家族もみずさんに会いにくる。 学校を卒業する時、マンションにおける終の棲家について論文を書いた。留年で遅れてしまったものをとりもどす思いで書いたものだった。人のこの老年期について僕はどれほど実感をもってこの問いに接したのだろう。 こうして友人とともに山の木の薫る別荘を離れ、海のにおいのするみずさんのマンションを訪れた時、僕は今度は一人の人間として、このみずさんと出会うこととなった。 いつもそうしてくれたようにみずさんのおいしい手料理ではなく、富士山にしずむ夕日が見えるレストランでのごちそうだった。 僕はそのときできるもてなしをして、また来ようと思った。 ![]() ![]() 花笠踊りにつれていってもらいました。親の手を離れ勝手に踊りだすちびっ子。 ![]() なんくせをつけて商品をとらせないおばば。 「これは悪い例ね。はいもう一度」なんてすぐいっちゃう。
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